三人のもとへ、舞い戻ってきた罪。
宮部みゆき『おまえさん』
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深川の南辻橋のたもとで四十路をいくつか出たくらいの男が、
一刀の下に切り捨てられていた。
本所深川方の同心・井筒平四郎は男の身なりが貧相で履物は汚れ放題、
しかもひどく痩せていたことから周囲の辻斬りの見立てに首を傾げていた。
そんな中、南本所本町・生薬(きぐすり)屋瓶屋の主人・新兵衛が
寝間の布団の上で背中をひと太刀、袈裟がけに斬りおろされ殺された。
手口が南辻橋のそれと同じと言われ、井筒平四郎は瓶屋に駆けつける。
政五郎に促され瓶屋に入った平四郎は新兵衛の寝所で
新兵衛の一人娘の史乃、後妻の佐多枝、差配人のおとしに会う。
女たちを下がらせた平四郎は、
政五郎が手札を受けている同心・間島信之輔と言葉を交わしていると
「遺恨じゃな!」と大音声が轟く。
信之輔が大叔父と呼ぶ信之輔の遠縁の老人・本宮源右衛門が、
亡骸を舐めるように検分していたのだった。
『おまえさん』『残り柿』『転び神』『磯の鮑』『犬おどし』の連作短編集、
・・・なれど『おまえさん』は上巻全部を占領、
下巻に食い込むボリューム。
しかもその下巻であっさり事件の真相を明かしてしまうのです。
もちろん解き明かすのは井筒平四郎と並ぶもう一人の主人公、
藍玉問屋河合屋の五男・弓之助。
『日暮らし』からほぼ1年後、
お徳のお菜(かず)屋は「おとく屋」の屋号になり、
おさんとおもんはお徳に引き取られて働き、
おでここと三太郎は政五郎の一の手下(てか)となっている。
湊屋絡みのエピソードは佐吉とお恵との間に男の子が生まれたこと、
みすずがこの春に大名家のお国許に下ったこと、
そして彦一とお六のその後くらい。
そう言えば前作登場で色んな意味で長い佐伯錠之介は
実は凄い方らしい(苦笑)。
弓之助は相変わらずの美形であり頭も切れるが、
たくましさというべき強い線が浮かぶようになってきた。
ただその弓之助の推理があまりに見事過ぎて、
賢さがちょっと鼻についたというか・・・。
『残り柿』『転び神』『磯の鮑』は、
弓之助の謎解きから約ひと月後の事件の周囲の人々のそれぞれの物語。
・・・正直、こちらの方が面白かったですし、
宮部さんらしさもあったように感じました。
おきえが何故おでこを捨てたのか。
頭も切れ腕も立ち人柄も素晴らしいが、
醜男で金壺眼(かなつぼまなこ)の間島信之輔の淡い恋と心の内。
諸般の事情(というか平四郎がぶちまけたことで)、
瓶屋の主人殺し、しいては二十年前の事件の真相まで知ってしまった
野菜売りの丸助とお仲。
全編に描かれるのは家を継ぐということ。
大黒屋の息子たちが早世しなければ直一が暖簾を継ぐこともなく、
何より二十年前の事件は起こらなかった。
家を守るための保険のような形で育てられる男の子は、
跡目が決まって役目が無用となれば元服しても居食いのまま。
本宮源右衛門のように"余りもの"になってしまう。
まあ、現代でいうと小学生くらいで奉公に出る時代とはいえ、
十代半ばで自分の行く末を決めなければならない。
"彼"もまた帰る家のない若者だった。
居場所のない自分を引き上げ学ぶ場所を与えてくれた恩師が、
亡くなった・・・否、殺された・・・、
"彼"はいつからそう思ったのだろう。
夫の喪も明けぬままに父の元に嫁いできた人、
もしかしたら父はこの人とずっと・・・。
"娘"はいつからそう思ったのだろう。
事情を飲み込むにはまだ若過ぎた・・・幼な過ぎた。
「おまえさん」という呼びかけがこんなに痛々しいとは・・・。
ところで本作初登場の河合屋の三男で弓之助の兄・淳三郎。
長男が(結婚騒動はあったものの)河合屋を継ぎ、
次男の養子の話があったり、四男が店を手伝ったりする中で、
ひとり身の振り方が決まらないいわば遊び人。
その淳三郎に対しては弓之助もある意味年齢相応、
可愛いやら可笑しいやらちょっとホッとするやら。
それにしても・・・『ぼんくら』シリーズはまだ続きそう。
次回作では弓さんも三ちゃんも声変わりしているんでしょうねぇ。
「罪というものは、どんなに辛くても悲しくても一度きれいにしておかないと、雪のように自然に溶けて失くなることはないのだと、父は申しておりました。」
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